歯ぎしり用マウスピースは市販で足りる?合わない怖さ

実は、歯ぎしり用のマウスピースは「とりあえず市販品を買って様子を見ればいい」と思っていませんか。
薬局に行けば1,000円台で手に入りますし、わざわざ歯医者の予約を取って、口に型取り材を入れて、と想像するだけで気が重くなる。
その気持ちは、痛いほどわかります。
私自身、子どものころは筋金入りの歯医者嫌いでしたから。

こんにちは、柏木デンタルクリニック院長の柏木健介です。
「削らない・抜かない」を最優先にした予防中心の診療を続けてきて、朝の顎のだるさを訴える患者さんを毎週のように診ています。

この記事では、市販品で様子を見ていい人と、最初から歯科で作ったほうがいい人の境目をはっきりさせます。
あわせて、合わないマウスピースが口の中で何を起こすのかもお話しします。
市販品を頭ごなしに否定するつもりはありません。
ただし使い方を間違えると、何もつけていないときより歯を痛めることがある。
そこだけは、先にお伝えしておきたいのです。

市販マウスピースで足りる人、歯科で作るべき人

そもそも歯ぎしりは「病気」ではなく体のクセです

まず、前提を一つひっくり返させてください。

歯ぎしりは、病気ではありません。
2018年に世界各国の研究者がまとめた国際的な合意文書では、健康な人のブラキシズム(歯ぎしりや食いしばりを指す医学用語)は疾患ではなく、あくまで「行動」だと整理されました。
体温や血圧と同じで、多い少ないの連続した幅があるもの、という捉え方です。

つまり歯ぎしり自体をゼロにする治療は存在しません。
マウスピースは歯ぎしりを止める道具ではなく、かかってしまう力から歯を逃がすための道具です。
車でいえば、エンジンの回転数を下げる装置ではなく、路面から車体を守るサスペンションのようなものだと思ってください。

市販品でしばらく様子を見てもいい人

そのうえで、市販品が現実的な選択になる方はいます。
たとえば同居している家族から「たまに音がしているよ」と言われた程度で、朝起きたときの顎に違和感がなく、歯にしみる感じや欠けもない。
歯の治療歴も少なく、詰め物や被せ物がほとんど入っていない。
こういう方が、繁忙期の1か月だけしのぎたい、といったケースです。

私は患者さんに「ズボラでも80点」を勧めています。
100点の方法を提示しても、続かなければ0点ですから。
どうしても通院時間が取れない時期なら、まず市販品で歯の表面を覆っておくほうが、何もしないよりましだという判断はあり得ます。

最初から歯科で作ったほうがいい人

一方で、次のどれかに当てはまる方は、市販品で粘らずに歯科に行ってください。

  • 朝起きたときに顎がだるい、こめかみが痛い、口が開けにくい日がある
  • 歯がしみる、噛むと痛い歯がある、詰め物が外れたり欠けたりを繰り返している
  • 銀歯やセラミックなど、被せ物や大きな詰め物が複数入っている
  • 家族から「いびきが大きい」「呼吸が止まっていた」と言われたことがある
  • 歯周病の治療を受けている、または歯がぐらつく感覚がある

被せ物が入っている歯は、天然の歯とは硬さも高さもわずかに違います。
市販品のような借り物の型では、その差を吸収できません。
特に最後のいびきの項目については、後で理由を詳しくお話しします。

市販品と歯科のナイトガード、決定的な違いは「噛み合わせ」

市販品は2タイプ、どちらも型は借り物

ドラッグストアやネット通販で買えるものは、大きく2種類に分かれます。
一つは熱湯で軟らかくしてから噛み込んで形をつける、いわゆるボイル&バイト型。
もう一つは成型作業すら不要な、フリーサイズ型です。

どちらも出発点は「平均的な誰かの歯並び」で作られた既製品です。
自分の歯型から起こしたものではないので、当たる歯と当たらない歯が出ます。
ホームセンターで買った汎用ワイパーが、車種によっては端が浮いてしまうのと同じ構図です。

歯科では、作った後に必ず削って合わせます

歯科で作るナイトガードの本質は、材料の高級さではありません。
装置ができあがってからの調整にあります。

日本補綴歯科学会が公開している顎関節症・歯ぎしりに対する口腔内装置(スプリント)の指針では、装置の噛み合わせの面は平らに作り、そこに下の前歯の先端と奥歯の頬側の山が「均等な点状に接触」するよう調整すると明記されています。
さらに、装置の上の一点が先に当たって下顎がずれた位置へ誘導されないよう注意すること、とも書かれています。

要するに、力を全部の歯へ均等にばらけさせるのが目的です。
既製品にはこの工程がありません。

費用と手間を並べて比べる

数字で見比べておきましょう。

市販品保険のナイトガード自費のナイトガード
費用の目安800〜3,000円3割負担で3,000〜6,000円程度15,000〜40,000円
型取りなし、または自分で噛んで成型歯科医院で精密に採得歯科医院で精密に採得
噛み合わせの調整なしありあり
通院回数0回2回程度2〜3回
作り直し・調整買い替え定期的に調整可能定期的に調整可能

保険適用の装置には点数が定められていて、令和8年度の歯科診療報酬点数表では材料と作り方によって650点から1,500点に分かれます。
ここに型取りや装着の費用が加わっても、3割負担なら数千円で収まります。
市販品との差は、多く見積もっても数千円と2回の通院です。
この差をどう見るかが、判断の分かれ目になります。

「合わないマウスピース」が怖い、3つの理由

奥歯だけが当たると、歯は動きます

歯は骨に固定されているように見えて、実は動きます。
矯正治療が成立するのは、持続的な弱い力で歯が移動するからです。

奥歯だけで噛み込むタイプの市販品や、前歯側が浮いてしまった装置を毎晩装着すると、当たっている歯だけに力がかかり続けます。
その結果、奥歯が沈み込んで前歯が当たらなくなる、いわゆる開咬に近い状態へ傾くことがあります。
数日で起きる変化ではありませんが、半年、1年と続けば無視できません。

歯を守るつもりで買ったものが、噛み合わせを作り替えてしまう。
これが一番もったいないパターンです。

顎の関節と筋肉に、逆に力が集まります

歯ぎしりの力は、体重と同じかそれ以上と言われます。
その力を1本の歯だけで受け止めたらどうなるか、想像してみてください。

歯にひびが入るだけでなく、顎の関節と咀嚼筋にも無理な方向の負担がかかります。
朝の顎のだるさが増した、口を開けるとき音が出るようになった、というご相談は珍しくありません。
前述の学会指針でも、痛みなど症状が悪化したときは使用を中止すること、噛み合わせが変わったと感じたら歯科医師に伝えること、が指導事項として挙げられています。
専門家が作った装置ですら、そこまで注意して経過を見る前提なのです。

いびきをかく人は、かえって呼吸が乱れることがあります

これはあまり知られていませんが、私が診療で必ず確認する項目です。

睡眠時無呼吸と診断された10名を対象にした研究(Gagnon Y ほか, International Journal of Prosthodontics, 2004年)では、上顎にスプリントを装着した夜としない夜が比較されました。
平均値としては統計的な差が出なかったものの、10名中5名で無呼吸低呼吸指数が50%以上増え、いびきを伴う睡眠時間の割合は40%増加しています。
参加者が10名という小規模な報告なので断定はできません。
それでも著者らは、装置を勧める際にはいびきや無呼吸の有無を問診すべきだと結論づけています。

厚みのある装置を口に入れると、下顎がわずかに後ろへ下がり、喉の空間が狭くなることがある。
市販品を自己判断で使う場合、この確認をしてくれる人が誰もいません。

それでも市販品を使うなら、この使い方を守ってください

買う前に確認したい3つのこと

否定ばかりでは現実的ではないので、選ぶときの目安をお伝えします。

  • 奥歯だけを覆う部分的なタイプではなく、歯列全体を覆う形を選ぶ
  • 厚みが極端にあるものは避ける。厚いほど顎の位置が変わりやすくなります
  • 熱湯で成型するタイプは、必ず説明書どおりの温度と時間を守る

成型のときは鏡の前で、上下の歯が均等に当たっているかを見てください。
片側だけが強く当たる感じがあるなら、その時点で使わないほうが安全です。

最初の2週間は、朝の顎を観察する

新しい装置を使い始めたら、朝起きた瞬間の感覚を意識してみてください。
顎の疲れ、こめかみの張り、歯の浮いた感じ。
このあたりが装着前より軽くなっていれば、ひとまず合っている可能性が高いと考えます。

逆に、装着後のほうが朝つらい。
これは体からの明確なサインです。
慣れの問題として我慢を続ける方が多いのですが、合わない靴で歩き続けても足の形が変わるだけで、靴は馴染みません。

すぐに中止して歯科に行くサイン

次のような変化が出たら、その日で使用をやめてください。

サイン疑われること
特定の歯だけ強く当たる、浮いた感じが続く力が一点に集中している
口を開けるときに音や引っかかりが出た顎関節への負担が増えている
装着してから、いびきを指摘された気道が狭くなっている可能性
歯ぐきに当たって痛い、切れる装置の縁が合っていない
朝の顎の痛みが装着前より強い噛み合わせが合っていない

いずれも、放置して良くなるものではありません。
「1,000円だから」と我慢して使い続けた結果、数万円の治療が必要になった方を、私は何人も見てきました。
歯は、削れば削るほど寿命が縮みます。

歯科でナイトガードを作る流れと、その後のこと

通院は2回、3割負担なら数千円

実際の流れはあっけないほど単純です。
初回に歯や顎の状態を診てもらい、上下の歯型を取ります。
1週間ほどで装置ができあがるので、2回目の来院で装着し、その場で噛み合わせを削って合わせてもらいます。

所要時間は1回あたり30分前後、費用は保険が使えて3割負担なら3,000〜6,000円程度です。
受診の目安になるのは、寝ている間の音のほか、歯の異常なすり減り、起床時の顎の疲れや側頭部の頭痛。
日本補綴歯科学会の指針が引用している米国睡眠学会の診断基準も、ほぼこの内容です。

作って終わり、ではありません

ここが一番お伝えしたい部分です。

学会の指針には、装置を使い続けている間は定期的に来院してもらい、特に使い始めの時期は間隔を短めにする、と書かれています。
理由は単純で、装置の材料は噛む力で少しずつすり減るからです。
すり減れば当たり方が変わり、当たり方が変われば力の逃がし方も変わります。

新品のときは完璧に合っていた装置が、1年後も同じとは限りません。
洗車だけしてオイル交換をしない車と同じで、点検してこそ性能が保たれます。
半年に一度の歯科検診のついでに、装置も一緒に見てもらうのが現実的です。

マウスピースは守りの道具、原因は別にあります

最後にもう一つ。
装置をつけても、歯ぎしり自体が減るわけではありません。

日本歯科医師会のテーマパーク8020でも、歯ぎしりには寝ている間のものと起きている間のものがあり、後者には日中の食いしばりや、上下の歯を触れさせ続ける癖が含まれると説明されています。
日中の食いしばりについては、マウスピースはほとんど無力です。

本来、上下の歯は食べるときと話すときに触れるだけで、口を閉じていてもわずかに離れているのが自然な状態です。
パソコンに向かっているとき、スマートフォンを見ているとき、自分の奥歯が触れていないか確かめてみてください。
触れていたら、口を少し開けて力を抜く。
これを日中に何度か繰り返すだけでも、夕方の顎の疲れ方が変わってきます。

まとめ

歯ぎしり用マウスピースは、市販品でも一時的にしのげる場面はあります。
ただし、朝の顎の症状がある方、被せ物が多い方、いびきを指摘されたことがある方は、最初から歯科で作ってください。
差額は数千円、通院は2回。
その手間を惜しんだ結果、歯が動いたり顎を痛めたりするほうが、はるかに高くつきます。

そして、装置はあくまで守りの道具です。
噛む力そのものを減らすには、日中の癖に気づくところから始めるしかありません。

まずは今夜、寝る前に鏡の前で口を軽く開けて、上下の歯が離れている状態を10秒だけ味わってみてください。
その脱力の感覚を覚えておくと、日中ふと食いしばっている自分に気づけるようになります。
一生、自分の歯でステーキを食べたくありませんか。
その未来を守る作業は、今夜の10秒から始められます。