親知らずが痛い時、抜く前に知っておきたい判断材料

実は、親知らずが痛む今こそ抜いてもらうチャンスだと思っていませんか?
腫れて痛む最中は、その日のうちに抜けないことが多いのです。
都内で歯科医院を開いている、歯科医師の柏木健介です。

この記事では、痛みの原因の見分け方、抜くか残すかを決める材料、受診前に歯医者で確かめておきたいことをお伝えします。
先に結論を言うと、まず炎症を落ち着かせ、それから決めても間に合います。

親知らずが痛むとき、口の中で起きていること

いちばん多いのは歯ぐきの炎症「智歯周囲炎」

家の裏手にある、人ひとり通れないほど細いすき間を思い浮かべてください。
落ち葉やゴミがたまっても、ほうきが届かないので掃除のしようがありません。
斜めに半分だけ顔を出した親知らずのまわりは、ちょうどそんな場所になっています。

歯の上に歯ぐきがフタのようにかぶさり、その下に食べかすと細菌が入り込みます。
ここで起きる歯ぐきの炎症を「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」と呼びます。
日本口腔外科学会の口腔外科相談室でも、20歳前後の若い人に多い病気として紹介されています。
診察室の実感でいえば、寝不足や疲れが続いた週に腫れて来院される方がとても多いです。

親知らずや手前の歯のむし歯

冷たいものや甘いものがしみる、何もしなくてもズキズキする場合は、むし歯を疑います。
やっかいなのは、親知らずそのものより手前の歯(第二大臼歯)が傷むケースです。
日本口腔外科学会も、斜めや横向きの親知らずは手前の歯の後ろ側を不潔にし、放置するとむし歯をつくると説明しています。

手前の歯は、食べ物をすりつぶす主役の歯です。
歯は、削れば削るほど寿命が縮みます。
親知らずの陰で主役の歯が削られていく状況は、私がいちばん避けたいものです。

上の親知らずが下の歯ぐきを噛んでいる

下の親知らずが歯ぐきに埋まっていると、噛み合う相手のいない上の親知らずが少しずつ下へ伸びてくることがあります。
その尖った先が下の歯ぐきを噛み、口を閉じるたびに傷をつけてしまうのです。
下が痛いのに、原因は上の親知らずだった、というのは診察室でよく出会うパターンです。

痛み方考えられる原因
奥の歯ぐきが腫れ、押すと痛い。膿のような味がする智歯周囲炎
冷たいもの・甘いものでしみる。ズキズキ脈打つ親知らず、または手前の歯のむし歯
口を閉じたときに奥の歯ぐきに当たって痛い上の親知らずが下の歯ぐきを噛んでいる

原因が重なっていることも多く、ご自身で見分けるのは難しいものです。
表はあくまで、受診したときに症状を説明するための手がかりとして使ってください。

腫れて痛い日に抜歯できない理由と、それまでの過ごし方

炎症の最中は「火を消すのが先」

家が燃えているときに、解体工事を始める業者はいません。
まず火を消して、落ち着いてから建物をどうするか考えます。
親知らずも同じです。

済生会の智歯周囲炎の解説でも、軽症なら腫れた歯ぐきを洗浄して抗菌薬(細菌を抑える薬)を飲み、腫れと痛みが治まった後に抜歯すると書かれています。
炎症が強いと麻酔が効きにくく、口が開かなくて器具が入らないこともあります。
「今日抜いてほしい」というお気持ちはよく分かりますが、まずは火消しを優先させてください。

すぐ受診したほうがいいサイン

智歯周囲炎は、放っておくと歯ぐきから頬、あごの下へと炎症が広がっていきます。
済生会の解説をもとに、状態ごとの受診先を整理しました。

状態受診の目安
歯ぐきが腫れて触ると痛い、膿が出るかかりつけの歯科医院で洗浄と薬の処方を受ける
飲み込むのがつらい、口が開きにくい、顔の腫れが目立つできるだけ早く受診する。抗菌薬の点滴が必要になることもある
発熱やだるさがある、あごの下や首まで腫れる、水も飲みにくい大学病院や総合病院の口腔外科へ。入院治療になる場合もある

二段目より重い状態なら、「週末まで様子を見る」はおすすめしません。
夜間や休日なら、地域の休日歯科診療所や救急の窓口に相談してください。

受診までの応急処置

歯科医院にたどり着くまでの間は、次のことを意識してみてください。

  • 市販の痛み止めは用法・用量を守って飲む(持病や服薬中の薬がある方は薬剤師に相談)
  • 冷やすなら濡れタオルを軽く当てる程度にし、保冷剤を長時間当て続けない
  • お酒、激しい運動、長風呂は控える
  • 痛む場所も、やわらかい歯ブラシでそっと汚れを落とす
  • 以前もらった抗菌薬の残りを自己判断で飲まない

痛い場所ほど磨くのを避けたくなりますが、汚れが残ると細菌のエサが増えるだけです。
毛先でなでるくらいの力で十分です。

抜くか残すかを決める判断材料

手前の歯に悪さをしているか

私が最も重く見るのは、親知らずそのものの状態より、手前の歯への影響です。
隣の家に雨水を流し込む雨どいを、そのままにしておく人はいないでしょう。
手前の歯にむし歯ができはじめていたり、歯ぐきの溝が深くなっていたりすれば、抜歯を前向きに考えてもらいます。

親知らずは、なくても噛むことに困らない場合がほとんどです。
手前の歯を失うと、奥歯の噛み合わせそのものが崩れていきます。
一生、自分の歯でステーキを食べたくありませんか?
その「一生」を支えるのは親知らずではなく、手前の歯のほうです。

腫れを繰り返しているか

札幌医科大学口腔外科学講座の親知らずの解説には、一度でも腫れた方は繰り返し腫れることが多いため、炎症が大きく広がる前の抜歯を勧めると書かれています。
薬で腫れが引いても、汚れがたまる構造そのものは残っているからです。

エンジンの警告灯が点いて、一度消えたから大丈夫と乗り続けるのと似ています。
年に1回でも腫れているなら、次の腫れが大事な予定と重なる前に決めておくほうが、結果的に楽です。

残してよい親知らずもある

すべての親知らずを抜く必要はありません。
神奈川県歯科医師会のコラムでは、まっすぐ生えて噛み合わせで機能し、歯みがきも十分にできていれば問題になることはあまりない、としています。
骨の中に完全に埋まっている親知らずも、細菌に感染するリスクは低いとされています。

親知らずの状態判断の傾向
斜め・横向きで、一部だけ歯ぐきから出ている汚れがたまりやすく、抜歯を勧めることが多い
腫れや痛みを一度以上くり返している抜歯を前向きに検討する
手前の歯にむし歯や歯周病が出ている抜歯して手前の歯を守る方向で考える
まっすぐ生え、上下で噛み合い、きちんと磨けている残して定期的に経過を見る
骨の中に完全に埋まり、症状がないレントゲンで定期的に経過を見る

きれいに生えた親知らずは、将来ほかの奥歯を失ったときに、移植やブリッジの土台として役立つ可能性もあります。
予防歯科の立場からいえば、問題のない歯を「なんとなく」抜くのはもったいないことです。

抜くと決める前に歯医者で確かめたいこと

神経との距離と抜き方の選択肢

下の親知らずの根の近くには、下あごの中を通る太い神経と血管のトンネル(下顎管)があります。
札幌医科大学の解説でも、ここを傷つけると唇やあごの皮膚にしびれが出るおそれがあると触れられています。
頻度は高くありませんが、ゼロではありません。

そのため、根と神経が近い場合はレントゲンに加えてCTで立体的に位置を確かめます。
歯の頭の部分だけを取って根を残す「歯冠切除術(コロネクトミー)」という方法を選ぶこともあります。
手術時間が短く腫れも少ない反面、残した根が感染すれば取り直しが必要です。
保険の扱いや対応の可否は医院によって異なるので、気になる方は事前に聞いてみてください。

抜くタイミングと予定

抜いた後は、数日ほど腫れや痛みが続くことがあります。
大事なプレゼンや旅行、結婚式の直前は避け、炎症が落ち着いて体調のいい時期に日程を組みましょう。

女性であれば、妊娠の予定も判断材料になります。
神奈川県歯科医師会は、抜歯を勧める理由の一つに、妊娠中や高齢になってからの抜歯リスクを避けることを挙げています。
妊娠中は使える薬やレントゲンに制限があり、そのタイミングで腫れると治療の選択肢が狭くなってしまいます。

診察室で聞いてほしい質問

開業したばかりのころ、私は「正しい答え」を患者さんに押しつけて、通院をやめられてしまった苦い経験があります。
抜く・抜かないも、納得して決めなければ続きません。
遠慮せず、次のようなことを聞いてみてください。

  • 今の痛みの原因は親知らずなのか、手前の歯なのか
  • 抜く場合、根と神経の距離はどのくらいか
  • この医院で抜けるのか、口腔外科への紹介になるのか
  • 抜かない場合、どう手入れして、どのくらいの間隔で診てもらえばいいか
  • 抜いた後の腫れや痛みは、どのくらい続きそうか

まとめ

親知らずが痛むとき、多くは智歯周囲炎、むし歯、上の親知らずによる歯ぐきの傷のどれかが起きています。
腫れている最中は抜かずに炎症を抑えるのが先で、飲み込みにくい、口が開かない、熱があるといったサインがあれば早めに受診してください。

抜くか残すかは、手前の歯への影響、腫れを繰り返しているか、神経との距離、今後の予定を材料に決めます。
痛みが引いたからといって忘れてしまうと、同じことが繰り返されがちです。

まずは今夜、スマホのメモに「いつ、どちら側が、どんなふうに痛んだか」を1行だけ書いてみてください。
その1行が、診察室で抜くか残すかを一緒に決めるときの、いちばん確かな材料になります。